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16年目


 真剣な表情で黙々と手元に集中している彼女の姿を見て、彼は声をかけるのを躊躇っていた。
 彼の妻は、卓に載せた雑誌をちらちらと見やり、先刻から続けているらしいその作業を繰り返している。
 ……一体、何を。
 彼の心中の呟きが聞こえたかのように、ふと顔を上げた彼女は、あら、とこちらに気づいた。

「そんなところに突っ立っていたら、風邪を引きますよ?あなた」
「……ああ、いや……」

 不思議そうに問う妻に彼は苦笑を返すと、彼女の座る位置に差し向かう形で、こたつに入り込んだ。
 冷えた身体が足元からぬくまっていくのがわかる。布団を腰まで引き上げ、卓の中央に置かれていた籠から、みかんを一つ取った。
 その間にも妻の方はといえば、相変わらず黙々と作業を続けている。
 菜箸のような二つの棒を交差させ、先端に毛糸を絡め、交互に巻き付けたりくぐらせたりという動作を繰り返している。その作業は、彼にはひどく複雑そうなものに見えた。

「……何を……編んでいるんだ?」
「…………え?ああ」

 彼女はよほど集中していたらしく、彼の言葉に、すぐには反応できなかったようだった。慌てたように顔を上げ、妻は微笑を浮かべた。

「『まふらー』って言うんですよね?初めてやるものですから、簡単なものの方がいいって、真由子さんたちに習ったんですけど」
「……なんと。真由子ちゃんたちが教えてくれたのか?」
「いえ、正確には真由子さんたちのお友達に、すごくこういうものを作るのが得意だって子がいるらしくて。その子お薦めの本を、真由子さん経由で貸していただいたんです」
「……なるほど」

 あの死線を同じ場所でくぐり抜けたよしみだからか、それ以前に息子の友人だからというだけかはわからないが、どうやら妻は年頃の少女たちとも穏やかな交流を持っているらしい。
 そういえば、と昔のことを思い出す。まだ彼が彼女を娶る前に、いつか見た光景。
 子どもたちと楽しそうに接する、彼女の姿。
 己の背負っていた使命も責任も、すべてを受け入れていた彼女の姿ばかりが印象に焼き付いていたとはいえ、本来の彼女はやはり、誰とでも穏やかに接することの出来る女性なのだろう。

「……うしおに、か?」
「ええ」

 彼の言葉に、彼女は当然だというように頷く。嬉しそうに笑って。
 息子のために、母親らしく出来ることがあるということ。それが今の彼女を支える、最大の喜びなのだろう。
 そうか、と彼も微笑んで呟いた。

「それなら私の分も、後ほどお願いしたいところだな――――」

 冗談めかして言った台詞に、妻はぱちくりと目を瞬かせる。
 そして、けろりとした口調で答えた。

「あなたの分なら、さっき寝室に置いておきましたよ?」





+++++ 終 +++++



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このショートストーリーは、「一撃入魂!」の啓さんが30000hits記念にフリー配布なされていたものです。
うしとら好きとして以前から通わせていただいていたサイト様ですから、そこでフリー配布となりゃあ食いつかずにはいられません。しかもですねー…私の好物の、紫暮と須磨子のお話なんですよ!

私はどーも、啓さんの描かれる紫暮の雰囲気に弱いのです。すっごく落ち着いてて、ぽつりと言うセリフがどーにも紫暮らしいというか…そう、自然体というべきか。よく原作だとコミカルな面を見せたり、僧として年長者として、相手を激励したりとかするシーンが印象的ですが。

啓さんバージョンの紫暮は「素」の紫暮を見ているような気がしてなりません。今回の須磨子さんとの対話なんて最たる例ですよ。言葉こそ少ないですが、きっと、何の気構えもなく奥さんと語らってる紫暮はこんな感じなんだろうなーと思わされますもの。

紫暮は言うなれば「完成された」キャラクターの一人だと思うんですが、それを操るなんて事は相当難しいことでしょう。ましてやお話を作るって言うんですから、存分に役者を理解していないと操るなぞ夢のまた夢です。だから思うんですが、啓さんはすごくうしとら読み込んでるんだなあと。感想文とか読ませてもらうと、そんな考え方もあるのか…!と舌を巻く思いをさせられます。私なんか雰囲気で読み進んだりするんで、余計にです。ふへへ。
奥様は奥様で、やっぱり旦那様より一枚上手ですしね。オチもしっかりオチて、穏やかな夫婦の姿も見れて、良い短編を拝見させてもらいました…!

啓さん、素敵紫暮をありがとうございました!そして30000hitsおめでとうございます!これからも更なるご活躍を…!