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―はじめに―

 物語というのは、言ってみると大きなからくりのようではございませんか。
 小さな歯車大きな歯車。それらが一体となり、回路を作り、そして一つのからくりを作り上げる。
 大きな歯車は、さしずめ主人公。からくりにおいて必要不可欠な部品。
 そして大きな歯車が動くための補助をしてくれるのが、小さな歯車。さしずめ主人公を助け、邪魔をし、道となる、脇役たちのようなもの。
 時には欠け落ち、時には新たに付け足される。そんな小さな部品。
 無くていいのかもしれないけど、なかったらどこか物足りない。そんな小さくも重要な部品でございます。
 さて。大きなからくりを動かす部品たち。
 私は、休むことなく動く歯車を見ておりますと「このうちのどこかが狂ったりするとどうなるんだろう」などという、詮無き想像をいたすことがございます。
 それは実際の回路にこだわらず、物語という名のからくりであっても、同じこと。
 今からお話ししますいくつかの小話は、一つの大きな物語の小さな歯車が狂ったときの詮無き想像を具体的に書き表したもの。
 そうあることが正常であることを望んだ声もきっとあったと思いつつ、欠けていった歯車たちの「欠けなかった場合」を書き記していきましょう。
 舞台は世界中。時はとある小さなサーカスが世界を救った数ヵ月後といたしましょう。

 ところで、「欠けていった歯車たちは、あそこで欠けていったからこそ美しい」といった滅びの美学を信条となさる方々には、少々納得の行かない小話たちであるかと思います。
 私が今よりお届けするのは、そういった滅びの美学とは真逆の物語。
 それを忌々しいと思うのなら、今より十五秒差し上げます。どうぞ、退場なさってください。

   ・
   ・
   ・

 それでは、この小話を「面白かった」と言ってもらえる事を願いつつ。




第一幕「人形たちのいるサーカス」

 世界中で猛威を振るい、一つのサーカスによってその騒動を収束させた病、ゾナハ病。
 そしてその騒動を収束させたとして静かに話題になっているのが、「仲町サーカス」。
 まだまだ吹けば飛ぶような規模の小さなサーカスではあったが、「世界を救ったサーカス」などといったホントかウソかはっきりしない噂によって、少しずつではあったがその知名度を高めていくのであった。
 そしてその評判も、噂によって分不相応に高められた知名度だけではなく、その内容によるものも大きかったと補足しておこう。
 なぜならそこで芸を披露する芸人たちは、一流の芸を持った者ばかりであったからだ。
 その中でも異彩を放つ二人がいた。
 ……正確に表すのであれば、それは二人ではなく二体なのであるが。

「よっ……と。むっ……」
 シンと静まり返ったテントの中。その中央に組み立てられた器材の上で、少女が綱渡りをしている。
 その足取りは軽く、舞台でも通用するような腕前である。
 ……綱渡りで腕前と評するのもいささかおかしな話ではあるが。
「……」
 そのテントの中に、一つの人影が加わる。全体的に白を基調とした外套に身を包み、手にはリュートを携えたその人影の右目には、どういうわけか瞳孔が二つある。よくよく見ればその顔の作りにもどこか人間らしさはあるものの、とても人間であるとは思えない風貌であった。
「リョーコ」
「ん? あっ、あるれっ……きゃあっ!?」
 少女が振り向いた直後、バランスを崩し縄から足を踏み外す。
「っ!」
 次の瞬間、少女は人影に抱きかかえられていた。ある程度近づいていたとはいえ、まだ4〜5メートルは離れいていたにもかかわらず、だ。
「あ、ありがとう」
「……らしくないな。リョーコ」
「い、いきなり声をかけてくるからでしょー!」
 リョーコと呼ばれた少女 ―生方涼子― は、芸の失敗をごまかすように怒鳴った。
「ム、それもそうだ。すまなかった」
「もういいわよ。……それより、早く下ろしてよ」
 言われるがままにリョーコを下ろす人影。ここまでのやり取りを見る限り、親密な仲のようだ。
「それで、どうしたの? アルレッキーノ?」
「……」
 アルレッキーノと呼ばれた人影は、無言でリョーコを見つめ返す。その眼差しには、困惑と疑問が入り混じったような複雑な心情を表しているようだった。
「……アルレッキーノ?」
「フランシーヌ……いや、エレオノール様が仲町サーカスを離れて一ヶ月ほど経つ。なのに何故私はここにいるのだろうかと、疑問に思ってな。一人では結論が出ないと思ったとき、私はお前の元に来ていた」
「……そっか。アルレッキーノたちは、ずっとしろがねと一緒だったもんね」
「事件のあとも、ずっとエレオノール様のお側を離れないようにし続けてきた。しかし、あのお方がここを離れるということを知ったとき。……私は戸惑った。フランシーヌ様のお側にてお世話をし続けることこそが使命であったはずなのに、それ以上に、私自身がここを離れることを望まなかった」
 まるでサーカスに残ったことを悔いているかのように、静かにまくし立てるアルレッキーノ。
「……」
 そしてそれをリョーコはうれしそうに、満面の笑みで聞いているのであった。
「……リョーコ?」
「それってさ、つまりアルレッキーノがここに残りたいから残ったんでしょ?」
「ああ。そしてそれは、フランシーヌ様の従者としてはあるまじき行動だ」
「だからさ、それはアルレッキーノが"フランシーヌ様"にとらわれていないってことでしょ? これからは、アルレッキーノが生きたいように生きていくことが出来るんじゃない」
「……」
 まさに面食らったように。ポカンとするアルレッキーノに、リョーコは言葉を続ける。
「アルレッキーノは、今何がしたいの?」
「……そうだな。今は……」
 そのとき、アルレッキーノは微笑んだのだろうか。少しだけうつむくと、元の無表情に戻り口を開いた。
「リョーコや観客。一人でも多くの笑顔を、見続けていたい」
 そう言って、リュートの中から精密に彫られた小鳥の彫刻を取り出し、リョーコに差し出した。
「……この国では"ウグイス"というらしいな。とても特徴的な鳴き声の鳥だ。こんな感じの……」
 彫刻を渡すと、ウグイスの鳴き声をリュートで再現する。が、その音色はどこか間の抜けたものだった。
「ム……なかなか難しいな。これでは仲町サーカスの楽士たる立場が……」
「プ……あはははは! ありがとう、アルレッキーノ!」
 アルレッキーノの焦った様子が可笑しかったのか、声を上げて笑うと、リョーコは彼に抱きつくのであった。
 その表情こそ、自分の道を歩き始めたアルレッキーノが求めているものなのかもしれない。

「……向こうは向こうなりの答えが出たようじゃな」
 テントの出入り口付近で、老人がポツリとつぶやいた。
 彼は、生方法安。仲町サーカスの道具方を勤めるリョーコの祖父である。
 芸をこよなく愛する彼は、さまざまな者と心を通わせる不思議な魅力を持っていた。
 つい彼は、人ではない者とも心を通わせる。それが……。
「なぁ、パンタローネ?」
 彼の傍らに立つ、老人のような顔つきで長身の自動人形、パンタローネであった。
 かつては「真夜中のサーカス」にてアルレッキーノらと共に人類の敵として暗躍していたが、加藤鳴海に破れ、いつしか人間側として、世界中を襲ったゾナハ病の事件に関わったのだった。
「……だが、私の答えは出ていない。笑顔を見続けることは、私の存在理由にはなりえぬのだ」
「存在理由か……」
 眉根にしわを寄せ、キセルに火をつける法安。熟考するようにうつむいて、プカプカと煙を燻らせた。
「フランシーヌ様の笑顔を見届けた今、私に存在理由はない。だったらせめてエレオノール様のお側に居続けることが使命だというのに、私はここにいる」
「……そこじゃよ。ワシが疑問に思ったのは」
 パンタローネの言葉をさえぎるように、法安が口を挟んだ。
「お前さんがた自動人形は、今まで"フランシーヌ様"のために存在し続けてきたわけじゃ。その最終目標は彼女の笑顔。しかしその最終目標はすでに達しておる。だったらお前さんがたはすでに機能を停止しておかねば辻褄があわんのじゃよ。存在理由を失ったわけじゃから」
「……」
 パンタローネは無言で、サハラ砂漠での出来事を思い出す。
 フランシーヌ人形との関係を自発的に絶ったドットーレは、二度と動き出すことは無かった。これはフランシーヌ人形という心の拠り所。つまりは存在理由を放棄したからである。
「じゃがお前さんがたは動いておる。存在理由がないはずなのにじゃ」
 そう。機能停止寸前で"フランシーヌ様"の笑顔を見届けたアルレッキーノとパンタローネ。本来ならばそこで機能停止していなければ辻褄が合わないのだ。
 しかし、彼らは回収されるまで機能を続け、今こうしてサーカス芸人としてやっていけるように一切の戦闘能力を排した体を再び得たのであった。
「だったら、何か新しい存在理由があるってことになるじゃろ」
「……なるほどな」
『〜♪』
「それだったら」と、言葉を繋げようとした時、テントの方からリュートによる楽しげな演奏が聞こえてきた。
「ほっほ、にぎやかな音楽が聞こえてきおる」
「これだよ法安、私の新しい存在理由」
 テントの方へ歩いていくパンタローネ。その顔には、笑みとも取れる表情が張り付いている。
「ほう?」
「私は、ここでサーカスがやりたいのだよ。お前が誘ってくれたから」
「『ワシのサーカスに来るかよ?』か……」
「その言葉で、私は今ここに立つことができている」
「ああ。お前さんの歌は本当に良い。それに、マイムだって一級品じゃ。今ではすっかりサーカスに無くてはならん芸人の一人じゃ」
「あの日言った天幕とは、ここのことだったんだな」
 テントに入り、アルレッキーノの伴奏に合わせて歌いだすパンタローネ。
 終始笑顔のリョーコと、気持ちよさそうに演奏するアルレッキーノ。
 その三人をいとおしげに眺めると、法安は深く吸い込んだ煙を吐き出した。
 




第二幕「演奏者のいる施設」

――アメリカ イリノイ州立 レイ疫病研究所。
 かつて、ここの病棟区画にはゾナハ病によって死ぬに死ねない子供たちが収容されていた。「人形破壊者」たちは「真夜中のサーカス」への怒りを込めてここを「地獄」と形容し、その内容もまた、その言葉が指すものと変わりなかった。
 そこに一人、黒衣をまとった白人が到着した。
 鉤鼻が印象的なその男は、手を鳩尾辺りで組み、何の感慨も無いように無表情で立ち尽くす。
 人が見れば、その殆どが不気味な印象を受けるに違いない。
「……」
 しばらく施設を見上げた後、彼は足を進める。一瞬だけ見せた表情は、「ワクワクしている」と表現するのが正しいのだろうか。

「久しぶりね、ジョージ!」
 施設内に入った彼を迎えたのは、ヘレンという名の看護婦だった。
「ああ。約束を果たしに来たんだ」
「ええ。あなたが来るって聞いて、トムたちもすごく楽しみにしていたわ」
 ヘレンの言葉に、ジョージと呼ばれた男はうれしそうに口端を吊り上げる。感情の起伏が少ない彼にとっては満面の笑みに等しい。
「さあ、まずはバンハート博士のところへ行きましょう」

「よく来てくれた、ジョージ・ラローシュ」
 白衣に身を包んだ初老の男性 ―バンハート博士― は、硬い表情で彼を出迎える。
「……『よくも』と言ったほうが的確なのかもしれんな……」
「博士……それはあんまりな言い方では……。ジョージは、子供たちを守るために命を賭けて戦ってくれたのに……」
「だからといって、子供たちを尋問して怖がらせた事実がなくなるわけでもないし、何より私自身がジョージの戦う姿を見たわけではないのでな」
「……」
 そう言われ、悔しそうにうつむくヘレン。バンハート博士は、ジョージに向き直り口を開く。
「さて。君は何のためにここを再び訪れた?」
「……私は、トムたちとの約束を果たしに来た。博士が、ここにいる誰もが私を嫌おうとも、『ピアノをまた弾いてね』と言われたのだ。ここには私を待ってくれている人がいる。ならば、応えるのが人間だろう」
「ジョージ……」
 ヘレンは驚いた。「しろがね-O」である彼が、自分よりも他人を優先したことに。
 誰だって、あからさまな敵意の中にいることはつらいことだ。それは「しろがね」であろうと同じことのはず。進んで針のむしろの上に座する者はそういない。
 だというのに、「子供たちが待っている」。ただそれだけの理由で、彼は針のむしろの上に座ろうというのだ。
「……」
 そんなジョージを睨むバンハート博士。
「……ふっ」
 しかし、すぐにその目つきは穏やかなものへと移行する。先ほどの敵意もどこへやら、ジョージに向ける眼差しは、友人へのそれと似たようなものとなった。
「そう言ってくれてうれしいよ。それならば、私は君を歓迎することができる。さっきは試すようなことをしてすまなかった」
 素直に、先ほどまでの態度を謝罪する博士。
「君が子供たちを守るためにどんな激しい戦いをしたかは、クラウン号に乗り込んだときの君を見ればわかったよ。確かに子供たちへの尋問は許せないが、反省しているのを責めたてるほど私も人間ができていないわけじゃないしな」
「……」
 ジョージとヘレンは、あっけに取られたように立ち尽くす。
「まずは、互いの再会を喜び合おうじゃないか。あらためて言おう。よく来てくれた、ジョージ。歓迎するよ」
 バンハート博士はそう言うと、にこやかに右手を差し出す。
「……ああ」
 ジョージは少々ためらいがちにその手を握り、二人は固い握手を交わした。
 ヘレンはホッとした様子で 胸を撫で下ろす。
「さて。来てもらって申し訳ないが、子供たちは検診の時間なんだ。もうすぐ終わると思うから、それまでお互いの近況報告といこうじゃないか」
 コーヒーメーカーのコーヒーを三人分注ぎながら、バンハート博士はジョージに座るよう促した。

「最近は、どうしていたんだ? ジョージ」
「フウのところに身を寄せていた。だからといって、これといってやることもないからな。『退屈』だったよ」
 自嘲気味に微笑むジョージ。その表情に、バンハート博士はふと思い立ったように口を挟んだ。
「……先ほどの問答でも感じたが……。変わったな、ジョージ……」
「私がか?」
「ああ。表情も心なしか豊かになったし、その表情一つ一つが、暖かい」
 指摘され、不思議そうに顔をなでるジョージ。
「まさか。わたしは『しろがね−O』だぞ。感情だなんて不要なものは、この体に生まれ変わったときに捨てたはずだ」
「そう思ってるなら、それでいいさ。私も君が変わったと、勝手に思うことにするからね」
 穏やかに微笑むバンハート博士。納得いかないように、ジョージはカップのコーヒーに口をつけた。
「そういえばあの時、君は重症ながらも生きながらえた。ボードヌイへも同行した。そこで小さな戦闘をしたと聞いたが、詳細を聞かせてくれるかね? なんでも『しろがね−O』らしくない戦いだったらしいが?」
 少し意地悪そうに詰め寄るバンハート博士。ジョージの記憶する彼はこのような性格だっただろうか?
 いや、元来このような気さくな男だったのだろう。
 長年の研究によるストレス等で、自分を押し殺した生活を送っていたのだろう。
 第一、忌み嫌われていたジョージ自身に微笑みかけるなんてありえないことだ。
 では、今この目の前で彼が見せている表情は?
 そう思うと、鼻がツンとするような歓喜がジョージの胸に押し寄せ、思わず彼はうつむいた。
「ジョージ?」
「……いや、すまない。あまりにも屈辱的な思い出なのでね。一瞬だが話すのをためらってしまった」
 とっさに嘘をつく。涙なんて『しろがね−O』の彼は流してはならないのだ。
「そこまでいやなら話すこともないが……」
「大丈夫だ。話すよ」

――「それは、ヘリが一機爆発してからのことだった」
 ジョージの割と近くに立っていた阿紫花英良の目つきが変わったのに、彼は気づいた。
 何かを怪しんでいる。それは阿紫花一人が不審に思い、周りに話せば混乱が広がるようなことなのだと、ジョージは直感した。
 そこまで読み取った自分に若干の気持ち悪さを覚えながら、ジョージは阿紫花の様子を観察し続けた。
「あたしの雇い主だった泣き虫でさ」
 鳴海を救った少年の登場に一時、うれしそうな笑顔をこぼす阿紫花。
――「するとアシハナは弟と一、二言会話し、コートを彼に預けてどこかへ行ってしまった」
「厠へ」とは言っていたが、彼のまとった雰囲気。それはとても用を足すのに必要なものではなかった。あえて言うならそれは。
――「そうだな……仕事に赴くプロの雰囲気だった」
 これまた直感的に、「彼一人では、ここに戻ってくることもないだろう」そう感じ取ったジョージ。次の瞬間には、阿紫花の後についていった。
――「……というよりは、アシハナ自身に戻ってくるつもりはなかったのだろう」
 ジョージとて、それなりの死地をくぐり抜けてきたという自負はある。その研ぎ澄まされた感覚が、阿紫花の『覚悟』を読み取ったのだろう。
 そしてジョージの読みどおり阿紫花がトイレに行くことはなく、溶接されていない出口を見つけると、足早に外へ出て行ってしまった。
――「アシハナが歩みを止めたのは、ボードヌイ射場と近辺の街が見渡せる小高い丘だった」
 そこには先客がいた。戦車のようなシルエット。しかしそれは自律しており、ふざけているかのようなカラーリングだった。
――「見るからに、遠距離射撃に特化した自動人形だった。ここでようやく、私は先ほどのヘリの爆発は襲ってきた自動人形ではなく目の前の自動人形の仕業なのだということに気づいた」
 その直後だった。加藤鳴海に代わり才賀勝が乗ったシャトルが打ち上げられたのだ。
「――今度はもうはずさねぇぜぇ。オレの最後の一発はでっけぇ花火だぜ」
「そういうことですかい」
 コインを指で弾き、それをキャッチすると、阿紫花は手にした拳銃を自動人形に向けた。
――「自動人形のほうも、近接武器は持っていた。あんな至近距離で撃ち合えば阿紫花に勝ち目なんてない」
 次の瞬間、ジョージの体は動いていた。『ラローシュ』の名が示すとおりの武器『神秘の球』を展開し、そのまま自動人形へ突っ込む。
「じ、ジョージさん?」
「次は何だってんだ!」
 二者それぞれの驚きとともに、動きが止まる。
 そして秒間300回転の球のブレードが、自動人形のボディと衝突した。
「何をしているアシハナ。さっさと止めをさしたらどうだ。こいつを破壊できるほどの破壊力は、残念ながらこの球にはない」
 ジョージが言い終わるか言い終わらないかの間に、阿紫花は自動人形に向けて引き金を何度も引いた。すべての弾を撃ちつくすまで。
 ………
 ……
 …
「以上だ。なんとも私らしくない行動だったと、今では悔いる毎日だよ」
 そう言って締めたジョージに、バンハート博士は笑う。
「ハハハ。『しろがね−O』らしくない戦いだな。だがしかし、人間らしい」
「人間……か」
 まんざらでもなさそうに微笑むジョージに、バンハート博士とヘレンは少々の驚きを隠せずにいるのであった。

「さて。そろそろ検診も終わりだ。トムたちを呼ぶとしよう」
 そう言って席を立つバンハート博士に、ジョージは思い出したように問いかける。
「そういえば、いつまでも子供たちがここにいるわけでもないだろう。最終的には子供たちはこれからどうなる?」
「基本的には親元。あるいは親類のところへ帰ることになる。しかしだな、すでに両親や親類が死亡している子供たちも少なくない。
 半数ほどの子供たちは、すでにこの施設を出た。今いるのが両親たちを亡くしたか、両親たちがまだ回復しきっていない子供たちだ」
「……そうか」
「不謹慎だな、ジョージ。こんな話題で笑みを漏らすなんて」
「笑っていたのか? 私が?」
「ああ。機械みたいだった君がそうやって自然な笑みをこぼすのは嬉しいが、場合を考えてもらいたいものだ」
「……すまない。だがな、そんな子供たちの寂しさを私のピアノで、少しの間でも忘れさせることがもし出来たらと思うと、ワクワクしてくるんだ」
 少しだけ恥ずかしそうに、ポツリと口にしたジョージ。
「……そういうことか。だったらすまん、言い過ぎた。さぁ、行こうか」
 立ち上がり、ピアノのあるプレイルームを目指す三人。
「まずは、あの曲をアレンジしないで弾きたいな。そして、みんなで歌えるような曲もいくつか用意してきた。みんなが知っているといいがな」
 笑顔を隠そうともせず、やりたいことを口にするジョージ。
 そこにいるのは「しろがね−O」でも「メトロノーム」でもない、「人間」で「ピアニスト」のジョージ=ラローシュであった。





第三幕「殺し屋夫婦のいる丸盆」

「あ、あたしが人形芸ですかい?」
 決して大きくないテントの裏。大道具が雑然と設置されている一角で、長身で痩せ型の男 ―阿紫花英良― は信じられないとばかりに目の前の男に詰め寄った。
「おう。確かにそう言ったぜ」
 身長は阿紫花の胸ほど。しかしがっしりとした体格の男性 ―仲町信夫(しのぶ)― は、さも当然と言わんばかりに阿紫花の言葉を肯定した。
「ま、待ってくだせぇ。つい最近まで、あたしゃ人形は人殺しの道具としてしか使ってなかったんですぜ? それをいきなり芸に使えだなんて、そりゃ無茶ってもんでしょうよ」
「そうは言ってもなぁ。人形芸のしろがねはアイツと一緒に放浪の旅に出ちまうし、勝もちっこい人形と旅に出ちまった。人形を動かせるのがもう、このサーカスにゃお前さんしかいないんだよ。だから頼む! なっ!?」
 阿紫花には、首を縦に振る他はなかった。なんだかんだで彼は、仁義を重んじるタイプである。
「仕方ないからやりますがね、人形を使った芸なんて、これといって思いつきやしやせんぜ」
「言われりゃそうか……。そうだな。パンタローネ辺りが芸にゃ詳しいだろ」
「んなっ!?」
 信夫の発言に、阿紫花は言葉が詰まった。
「いろいろ教えてもらうといい。それじゃあ、頼んだぜ!」
 言うなり、忙しそうに走り去る信夫。
「……よりにもよってあの旦那に聞けだなんて……マスターも酷なことをおっしゃる……」
 取り残された阿紫花は、ただただ苦笑するのみであった。

「ふーん……アンタが人形芸……。ずいぶんと柄の悪いピエロが出来上がっちまうねぇ」
 時刻は少々流れ、夜。
 場所はテントから少々離れた、公園。
 芸に使うナイフを磨きながら、黒髪の米国人女性 ―ヴィルマ― は面白そうに答えた。
「冗談じゃねぇぜ。あたしゃ人形をそんな風に使ったことなんざねぇってのに」
「でも、人殺しの道具にするよりはよっぽど有意義じゃないか」
 自分の顔が写りこむほど磨かれたナイフに満足したように頷き、ケースに戻すヴィルマ。
「このナイフだってさ……殺しの道具として使って血を流すよりは、芸に使って笑顔を作るほうが建設的だろうしね」
「……舞台じゃあたしが血を流しそうになってんのを忘れないでくれよ」
「ははっ」
 ポツリと不満げに漏らした阿紫花に、軽く噴出すヴィルマ。
「そりゃ、あの時は的になるのも悪かねぇって言ったけどよ……ホントに的にするこたねぇじゃねぇか」
「ははは、そりゃ、サーカスにいる以上はなんらかの芸に参加しないといけないさね」
「まぁ、それを差っ引いてもここで暮らせることを感謝しなきゃいけねぇ。だからこそ、マスターの恩義にゃ報いたいんだがね」
「アイツは駄目なのかい?」
「ああ……"それとこれとは別"ってもんよ」
「めんどくさいねぇ」
「いまいち、筋ってモンを通しきれてねぇからな。だが、今のアイツに戦う力はねぇ。通す筋が見当たらねぇ」
「やれやれ、ホントにめんどくさいよ。男ってのは、みんなそうなのかね?」
 嘆息し、腰掛けていたベンチから立ち上がるヴィルマ。同時にポケットからタバコを取り出し、火をつける。
「そういや、お前さんタバコの銘柄変えてるんだな」
 話題をそらすのにちょうどいい話題を見つけたのか、阿紫花はヴィルマのタバコに目をつけた。
「今頃気付いたのかい。ずいぶん前から変えてるんだけどね」
「KOOLか。あたしゃメンソールはどうしても嫌いでね」
「そんなこと言わずに、吸いなよ。吸ってみれば案外悪くないものさ」
「……やなこった」
 せっかく見つけた話題だが、このままでは吸いたくもないタバコを吸わされかねない。
 メンソールがどうしても吸えない阿紫花は、また新たな話題を探すことになる。
「……知ってる?」
 不意に、ヴィルマが口を開く。
「何を?」
「このタバコのメッセージ」
「KKKの陰謀とかそういったもんじゃなかったかね? 精力減衰剤が入ってるとか」
 そんな話どうでもいい。と、言わんばかりに話を切り、阿紫花も自分のタバコに火をつける。銘柄は、長年吸い続けているMarlboroだ。
「……そういやそんな話もあったねぇ……」
 慣れた手つきで点火する阿紫花に少々感傷のこもった眼差しを向け、ヴィルマは話を続ける。
「……アンタ、今までどのくらいの女と寝たんだい?」
「……何を今更。数知れずでさぁ。金は沢山あったしな」
「今は……?」
「あー……最近誰とも……だな。いざとなったら、お前さんくらいしかいねぇな」
「……Man Always Remember Love Because Of Romance Only……」
「あん?」
「男はいつも本当の愛を見つけるために恋をする……。って意味らしいよそのタバコ」
 阿紫花の咥えているタバコを指差し、ポツリとつぶやくヴィルマ。
「嫉妬かい? らしくねぇな」
「フフッ、アタシだって女だからね」
 ごまかすように笑い、紫煙を吐く。
「Kiss Only One Lady」
「お次は何ですかい?」
「このタバコの意味。『キッスは一人の女とするもんさ』ってね」
「バカバカしい。第一、お前さんの方が女じゃねぇか」
「いや、旦那が吸ってくれないからアタシが吸っておこうなんて思ってね」
「な……!」
 不意打ちだった。咥えたタバコを落としてしまった。
「ず、ずいぶんと日本人じみた操の立て方をするもんだ」
 ごまかすように茶化す。
「そりゃ、日本人に嫁入りしたんだからね。郷に入らばなんとやらで」
「……そう言われりゃそうだ……」
 阿紫花の目つきが少々変わる。目が覚めたとでも言えそうな表情ではあるが、寝起きは悪そうである。
「どうかしたかい?」
「もしこれが偶然だとしたら、普通にすげぇや」
「何を言ってるのかわかんないねぇ」
「いくら説得されても納得しないつもりだったんだがねぇ。……だがまだだ。もう一つ、二つってとこかね」
 新しいタバコに火をつける。気付けば、それが最後の一本だった。
「そうだねぇ……筋がどうとか言ってたけどね、アンタ、一回死んでるんだよ? ボードヌイで。殺し屋のアンタは、あそこで死んだはずだよ」
「……ケッ、そういやそうでござんした。ジョージの野郎、勝手なことしてくれたもんだ」
「一回死んだもん同士、過去のゴタゴタは清算しきっちまえば?」
「一理ある。……いんや、それだけで十分だな」
 阿紫花は踏ん切りがついたようにそう言い切り、煙を吐いた。
「ダメ押しといこうかね?」
 言うが早いか、ヴィルマは唇を阿紫花のそれに重ねる。
 突然のことに、火をつけたばかりのタバコが手から滑り落ちる。
 唇同士が触れ合う程度の軽いキスの後、ヴィルマは変わらず涼しげな表情で口を開いた。
「……アタシの相手は、今後アンタだけだよ。このタバコに誓ってね」
「らしくないことするなよ……」
 対照的に、阿紫花の表情は苦々しげだ。案外、情熱的な動作に弱いのだろう。
「ま、それだけ舞台で人形を操るアンタが見たいって事で」
「……つかタバコ、また落としちまった。最後の一本だったのに」
「アタシの吸えばいいじゃない」
「だからメンソールは……いや、やっぱもらうか」
 ――夜の公園に、白い煙が二本立ち上る。それはまるで二人の殺し屋を弔う線香の煙のようで――





第四幕「人形のいる旅路」

「だ、だからついてくるなって〜」
 電車を降りた少年の第一声は、拒絶だった。
「あらぁ、勝ちゃんったらつれなぁい。でも、そんなこと言いながら旅しててもう一月経ったのよ?」
「うぐ……」
 勝と呼ばれた少年は、言葉を詰まらせる。
「で、でもお前だって散々言ったのに付いてきてるじゃないか!」
「そりゃ、勝ちゃんが本気で拒絶すれば私だって帰るわよ。でも、本心じゃないって知ってるもーん」
「ぐ……」
 二の句が告げないとはまさにこのことだろう。ものの見事に言いくるめられてしまった。
「それに、私知ってるの。こんな格好の私が浮かないように、予定よりも早く海外に来たことに!」
「うっ!」
 そう。ここはフランス。ヨーロッパ方面ならば、目の前の少女の格好も浮いたりはしないと考えての行動であった。
「う、うるさいな。コロンビーヌがどうとかじゃないよ! 僕が早くフランスに来たかっただけだって!」
 比較的大声でそう言うと、勝はそっぽを向いて足早に歩き始めた。
「……やっぱりやっさしいんだぁ〜、勝ちゃん」
 コロンビーヌと呼ばれた少女のそばには、勝の荷物がある。怒らせた分は、荷物を押してくることでチャラにするということだろう。
 大した重さもない子供用のトランクを押して、コロンビーヌは小走りで勝の後を追うのであった。

「それで? 勝ちゃんが世界中を旅したいってのは聞いたんだけどさ。どうして最初がフランスなの?」
 パリのメインストリート。コロンビーヌが押してきたトランクを受け取り、勝は彼女の問いに答える。
「モン・サン=ミシェルに行きたいんだ」
「わお、私と勝ちゃんの思い出の場所じゃない。でももう、あそこには何もないわよ?」
 つい数ヶ月前の激闘が、よみがえる。
 モン・サン・ミッシェルを舞台とした、『しろがね』エレオノールの救出劇。沢山の「人」だったものが死に、沢山の「機械」が壊れた。
 今ではその痕跡も『フウ・インダストリー』の手により抹消され、そこでは「何も起こっていない」ことになっている。
 あちこち破損した部分も、綺麗に復元されているはずだ。
「まずは、あの時旅してきた道をもう一度旅したいんだ。今までの自分との決別と、これからの自分への決意のために」
「ロマンチストね、勝ちゃん」
「か、からかうなよ」
「あら? 褒めたつもりだったけど?」
 そう言って、本気とも冗談とも取れる笑みを浮かべるコロンビーヌ。勝は釈然としない様子で肩をすくめると、歩き出した。

「勝ちゃん、フランス語読めないの?」
 モン・サン=ミシェル行きのバスが来るバス停。案内板と辞書とを交互に見る勝に、コロンビーヌは少々呆れたように声をかける。
 以前のように、人形を使った移動が出来ない勝たちの移動手段はもっぱら公共の乗り物である。
「うーん……話せはするんだけどさ、読むとなるとまだ辞書が手放せなくて。旅を始めてから勉強はしてたんだけどね」
「まったく、完璧に読めるようになるまで日本から……」
 そこまで言いかけて、はっとなるコロンビーヌ。
「……ホントに優しいね、勝ちゃんは」
「えっ?」
「自分のことなんて後回しで私のことを気にかけてくれたんだから」
「な、何言ってるんだよ!」
「不安じゃなかったの?」
「そ、そりゃ不安だったけどさ。町の人に聞けばどうにかなるかなとは思ってたし。それにさ……」
 勝はひどく言いにくそうに頬を掻いている。
「もう気付いてるんだろうけど、やっぱりコロンビーヌが物珍しそうな目で見られるのが嫌だったし、コロンビーヌ自身も嫌そう……だったから」
「……」
 キョトンとした様子で勝を見つめるコロンビーヌ。
「な、何だよ! もうとっくに気付いてたんだろ!」
「いや……さっきのは、からかっただけだったんだけどね」
「っ!」
 みるみるうちに顔を紅潮させていく勝。
「でも、そっかぁ。本気だったかぁ。ウフフフフ……」
「〜〜〜っ!」
 驚きと羞恥で二の句が告げない勝。
「いや、でも嬉しいよ? ね? 勝ちゃん?」
 フォローのつもりで言った言葉も、今は逆撫でするようなものだった。
「う、うううううううるさい!」
 逆上しきった様子でコロンビーヌの言葉をさえぎると、辞書のページをめくる勝。
「……」
 そんな勝を一瞥し、バス停の時刻表を見るコロンビーヌ。そして、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「勝ちゃん……今日、もうバスないよ?」
「っ!」
「とりあえず、今日の宿を探しましょ?」
 羞恥心も臨界点を突破した勝は、ただただ真っ赤になって無言でうつむくだけであった。
 コロンビーヌはというと。
 さすがにいじりすぎたかという若干の後悔と、体の芯から広がるような暖かい感情を感じていた。
 それは。「嬉しさ」と形容するのが正しいのだろう。
(そりゃ、からかったのは本当だけど。勝ちゃんが気遣ってくれたのに気付かないわけないじゃない)
 勝の思いやりを、勝の口から聞いた。それだけで機械仕掛けの体が歓喜に震えた。
 コロンビーヌは知っている。この感覚を。
 今までに幾度となく、文面のみで経験し続けた感情である。

 適当なホテルを見つけると、勝は電話番号を確認し、近くの公衆電話から電話をかけた。
「ええ。子供を二人、先に向かわせたいんですよ」
 声は低く、目を閉じて聞いていると成人男性の声色であった。どこでそのような特技を身につけたのか。呆れつつも驚嘆するコロンビーヌ。
「――はい。それでは、向かわせます」
 受話器を置いて一息付く勝。
「どこで学んだのよそんな悪知恵」
 勝は「子供だけを先に向かわせてチェックインさせる」という旨をホテルに告げたのだ。
「ホームアローン2って映画さ。知らない? 旅先に取り残される男の子の話」
 子供っぽく笑う勝に、コロンビーヌは嘆息する。
「はー、映画でしか成立しないような事を実践するとはね……」
「コロンビーヌなら、笑ってやりそうだけどね」
「……もう少し打算的よ。私は」
 ムスッとした様子でそっぽを向くコロンビーヌ。その様子があまりに人間くさく、勝はつい噴出してしまう。
「どうしたの?」
「いや、別に」
「なーんか気に入らないな」
「いつものお返しってことで」
「ちぇっ、つまんないの」
 コロンビーヌは面白くなさそうに話を切ると、スタスタとホテルのほうへ歩いていった。
「……勝った!」
 取り残された勝は、小さくガッツポーズをするのであった。

 モン・サン=ミシェル。サン・マロ湾上に浮かぶ小島に築かれた修道院である。
 勝にとっては二度目。キチンとした手順を踏んで訪れるのは、これが始めてとなる。
 見慣れた様子で修道院を見上げるコロンビーヌと、圧倒されたように修道院を見上げる勝。
 二者二様の反応はひどく対照的であった。
「で、勝ちゃんはここ具体的には何をしたいのかしら?」
「と、とりあえず、中に入ろうよ」
 キラキラと目を輝かせたその様子は、年相応な少年の反応。
 その様子にコロンビーヌは、かつての主人と同じ面影を持つ一人の「しろがね」もこのような気持ちで彼と共にいたのだろうかという感慨に、思わず耽ってしまうのであった。
「うん。それじゃ、入ろっか」
 そう返事したコロンビーヌに、手が差し出された。
 そしてそうあることが自然であるように、彼女はその手を握った。
 直接的なぬくもりは、人形である彼女は感じることは出来ないが。
 その握られた手を、コロンビーヌはどこか温かい気持ちで眺めるのであった。
 そして勝はコロンビーヌの手を引いて、修道院の中へと入っていった。

 手を引かれるままに進み、修道院の中を見学し、最終的に行き着いた先は海だった。
 小島にある住宅街。そこから少し外れた場所にある、サン・マロ湾が一望できる場所だった。
「ここ……」
 そこは、コロンビーヌにとっていいとは言えない思い出がある場所だった。
「あの忌々しいディアマンティーナと戦った場所じゃない」
「うん。前はここが最後に来た場所だったから。やっぱりここには最後に来ようって思ってたんだ」
「何のためによ」
「質問に、答えたかったんだ。あの時は、僕の気が動転しててそんな余裕もなかったし」
 質問。あの事だろうか。

――思い出したくもない記憶が、否応にも呼び起こされる。
 勝とエレオノールを救うために、ディアマンティーナの攻撃で機能停止寸前まで追い詰められたコロンビーヌ。
 その身を挺した行動をディアマンティーナは嘲笑する。
「ううん、ディアマンティーナ。アタシがしてあげたかったのよ」
 その言葉も一笑に付し、ディアマンティーナは自身が創造主にいかに愛されているかを語りだす。
 それをコロンビーヌは、人間が役に立つハサミを愛するようなものだと一蹴した。
「本当の愛じゃないんだよねぇ」
「……ふふっ、そんな…そんなのワタクシは信じないわ…。フェイスレス様はワタクシを愛してるっておっしゃってくれたわ…」
「残念ね。人間もそうやって相手をダマすんだってよ」
「ワタクシはフェイスレス様の恋人だーーーーっ!」
 逆上したディアマンティーナが、刃を振りかざす。
「っ!」
 しかしその刃は、振りかぶった状態から動くことはなかった。
「……」
 勝だった。満身創痍ともとれた様子で、それでも信念のこもった瞳をディアマンティーナに向けて、彼女の手首をしっかりと握っていた。
「ふ、フェイスレス様……?」
 一瞬の混乱。創造主の記憶を転送され、創造主自身となったはずの少年がどうして自分の邪魔をしているのだろうか。
 しかしすぐに状況を把握した。
「サイガマサル! あなたなのね!」
「……やめろ。今ならお前をすぐに分解だって出来るんだ」
「……今すぐはしないのね」
 圧倒的に不利ともいえる状況で、ディアマンティーナはそれでも挑戦的な様子で返す。
「……まぁいいわ。あなたがここにいるってことは、フェイスレス様はお一人で宇宙へ行ってしまわれたのでしょ? だったらお側に居てさしあげるべきなのは私」
 ディアマンティーナの腕にこもった力が抜けるのを確認し、警戒しつつも掴んだ腕の力を徐々に緩める勝。
 疲労はしているが、その腕一本くらいは「分解」できるくらいの余力はあるはずだ。
「色々と確かめたいこともあるし……。今日は見逃してあげる」
 ディアマンティーナはそう言うと、勝の手を振り払い、苛立った様子でその場を離れていった。
「……コロンビーヌ……」
「マサルちゃん……」
 ひどい状態だった。下半身は見当たらず、上半身の損傷も激しい。
 しかし、直せないわけではなかった。部品と工具さえあれば、きっと直せる。
「行こう」
 そう言いつつ、コロンビーヌを抱え上げる。
「きっと、直すから。だから一緒に行こう」
「……ねぇマサルちゃん。最後に聞きたいことあるんだけど」
「さ、最後なんて縁起の悪いこと言うなよ!」
「エレオノールのこと……愛してるんだよね?」
「い、今はいいだろ! 最後になんてさせない! 僕が絶対に直すんだから!」
「……わかった。でも、いつか絶対答えてもらうからね」
 ………
 ……
 …
「あの質問かぁ」
「うん。ずっと考えてた。」
 コロンビーヌは少し嬉しくなった。自分の問いに真剣に考えてくれていたことに。
 しかしその答えを聞くとなると、拒絶しようとしている自分がいることに若干の驚きも感じていた。
「……聞かせて? 勝ちゃんは、エレオノールを愛してるんだよね?」
 自分でも驚くくらいに暗い声だったなぁと思い、それでも勝には気取られないように表情を作る。
「うん。そうかもしれない」
「やっぱり、私の言ったとおり」
 嬉しそうに言ったつもりだったが、どうも不自然になる。隠し切れないくらいにがっかりしているというのだろうか。
「一緒に居たい。でも、居ちゃいけないんだ」
「……?」
 今までに読んだ恋愛小説のどんな登場人物とも違う。愛し合っていれば一緒に居たいと思うのが当然ではないのだろうか。
「しろがねと一緒に居れば、僕は彼女をますます好きになってしまう。考えちゃいけないようなことを考えてしまう。それこそ、フェイスレスと同じようなことを」
「……」
「僕はしろがねを愛している。だからこそ、しろがねが一番幸せだと感じていることをしていてもらいたい」
「それは、勝ちゃんと一緒に居ることじゃないの?」
「それでしろがねは幸せかもしれない。でもそれは一番じゃないんだ」
 そう言って水平線を眺める勝は、どこか寂しげだった。
「……」
「これは、僕がしなきゃいけない事。そして……」
 そう言って、コロンビーヌのほうを向く。
「僕はコロンビーヌとずっと一緒に居たい。これは、僕のしたいことだ」
「……?」
 不意打ちだ。全身の機能が止まったかのように動けない。
 そしてそれと同時に、歓喜が全身を駆け巡る。
「ア……アタシ、人形だよ?」
「それでもさ」
「一緒に年をとれないんだよ?」
「構わない」
「勝ちゃんの方が、先に死んじゃうじゃない……」
「自分勝手な話だって、思ってる……」
「でも……でも……」
 埒が明かないとばかりに、勝はコロンビーヌを抱きしめた。
「それでもずっと、君と一緒に居たいんだ」
「……」
 驚いた。
 人の肌とはこんなにも温かかったのかと。
 人の手とはこんなにも温かかったのかと。
「あったかぁい……初めて男の人に抱きしめられちゃった……」
 うれしいなァ……。
 うれしいな、うれしいなァ……。
「コロンビーヌ、あいして……」
――パチパチパチ……
 どこからか、拍手が聞こえた。
 見渡すと、観光客だろうか。沢山の人が彼らを取り囲み、笑顔で拍手していた。
 勝はひどく赤面した。








舞台裏「学芸員さんのいる俺の部屋(笑)」

「ふー……」
 画面との睨みあいを中断して、俺は背もたれに体重を預けた。
 散々待たせた作品のくせに、文章的なまとまりは無いに等しい。これから長い推敲作業が待っているのだ。
「お疲れ様でした」
 そんな声と共に、作業用のデスクに一杯の紅茶が置かれた。
「まだ終わっていませんよ」
「あら、それでしたらこの紅茶はお出しすることが――」
「ああ、待って待って。完成までおあずけだったら俺干からびちゃうよ」
 少々慌てたように下げられかけた紅茶を取り、啜る。
「……イギリス式ですか」
 口に含んだ紅茶からは、茶葉のものとは違った甘みが感じられた。
 イギリスでは、砂糖を入れて飲むのが一般的なのだ。甘党の俺にはありがたいのだが。
「ええ。ロンドン在住なので」
――どういう経緯か今現在、俺の部屋ではロンドンにある「黒博物館」の学芸員さんが身の回りのことをやってくれている。
『私もあのお話のファンなんですよ。出来上がったらすぐに見せてもらいたいですから』
 とかなんとか言って押しかけた彼女に、何かと理由をつけて帰ってもらうのは難しそうだった。
 というか帰そうとして、涙目で睨まれると、首を縦に振るしか選択肢はなさそうなものである。
「それで、どんなお話なんですか?」
 自分の分をティーカップに注ぐと、話の種と言わんばかりに作品についての質問を投げかけられた。
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてません。教えてください」
 どうやら煙には巻けないようだ。完成までお口にチャックの予定だったのに。
「早い話が『死んだキャラが生きてたら』って妄想ですよ」
「妄想……」
「それじゃあ一つ一つお話していきましょう」



第一幕。
アルレッキーノとパンタローネの機能停止の場面は、「からくりサーカス」の中でも指折りの名場面だろう。
「PASSIONAL GRAPHIC」のギャラリーにあった、リョーコとアルレッキーノのその後が描かれた絵、一枚だけでこの話を考えたといったら。
俺のことをバカだとかののしる人はいたりするのだろうか。もっとののしってください。
真夜中のサーカス編を読んでいると、自動人形が動くのには理由が必要なのだという。
それを放棄したドットーレは、体中から体液がこぼれ出て機能停止したのである。
そしてモン・サン・ミッシェル編。どう読んでも、コロンビーヌは勝に抱きしめられてからエレオノール(フランシーヌ)のことはどうでもよくなっている。
「もしかすると、動く理由は差し替えられるのかもしれない」
そんな結論に至った俺は、鳴海とエレオノールが旅に出た後も仲町サーカスに残る二体の苦悩を描いてみたかった(あえてこっちの漢字で)
機能停止の場面を読むと、パンタローネも笑顔を見届けるまでは機能を続けていたとも受け取れる。
だから辻褄は無理やり合わせた。回収されるまではかろうじて動いてたんだこの二人は。って。




第二幕。
ジョージには「またピアノを弾いて」ほしかったから、この話を書くことにした。
基本的に、本編でのジョージは報われていない。
藤田先生に「しろがね−Oのみんなといい、あなたは機械に何か恨みでもあるんですかっ!」なんて問いたくなるような扱いだなぁとか思ったり。
散り様までもが無念だったジョージに、どうしても再びピアノを弾いてもらいたかったのだ。
その想いだけで書きはじめたものだから、ピアノを弾く場面だけだと短すぎるということで阿紫花さんを助けたって設定を後付け後付け。
どうせ阿紫花さんの話も書きたかったから、ここでその理由も書いちゃおうと。
何に一番苦労したかって、ジョージがここまで饒舌なのってありえないよね。
一番の難産でしたよこの話。




第三幕。
出発前に語った、ヴィルマと阿紫花さんのその後。ナイフの的になる生活をしている夫婦のお話を書くことにしました。
これまた「PASSIONAL GRAPHIC」のギャラリーの一枚の下の一言より("の"が多いなちくしょう)。
「ああ、展開しだいじゃ夫婦なんだこの二人」ってあらためて思い、サーカスで活躍する二人を書くことにした。
といっても、芸をするシーンは描写せず。
書きたかったのは、殺し以外で人形を操る阿紫花さんと「大人の会話」。
ヴィルマもさ、ジェーンのナイフが刺さってなけりゃ死ななかったわけだし。
いや、あそこで死んだからよかったのは俺だってわかってる。
ただ、阿紫花夫妻が書きたかったからこうするしかなかったんだ。わかってくれ。いや、ください。




第四幕。
またまた「PASSIONAL GRAPHIC」より。今度は四コマから。
コロンビーヌは、鳴海とエレオノールの旅にこっそりついていっていろいろロマンティックな演出をするって四コマだったけど。
俺は、コロンビーヌが生きてたら勝の旅についていくと思うんだ。押しかけ女房的な。
お気づきのとおり勝×コロ推奨派です。この意見の人少ない。
「コロンビーヌと勝の珍道中のとある一コマ」を目指して書いてみた。
けど、友達以上恋人未満の微妙な関係がうまく描けず、結局こんな形に。
気が付くと一番長い作品となってしまいました。
どうでもいいけど、勝が成長した後に二人がベタベタ(どうせコロンビーヌがくっついてくるんだろうけど)してたら、最近の風潮としては絵的によろしくなかったり?
ナンザーンでした。
つか、後半のコロンビーヌのキャラ崩壊がすげぇ。
補足ですが。
劇中で、勝が言ってる「しろがねの一番の幸せ」ですが、鳴海兄ちゃんと一緒にいることですね。
お分かりだとは思うんですが。一応補足をば。
最後の一文は、なんとなく「走れメロス」から引用してみました。




「って感じですね」
 そう言って甘い紅茶をすする俺。
「面白いじゃないですか」
 あれ? 学芸員さんに言われた瞬間、なんか『自演乙』って幻聴が。
「だからまだ完成してないんですって」
「推敲作業ですね。お手伝いするので、とりあえず読ませてください」
「ちょっ、ダメ。最初は菅野さんに見せるんだぁ〜!」
 そう言うと、割とすんなり引いてくれる学芸員さん。こういうロマンも理解してくれるようだ。
「ちぇっ。じゃあ早く仕上げてくださいよ」
「そういうキャラでしたっけ?」
「青白い月の光がキャラを崩してしまったのです」
「作品が違う」
「自分のキャラに関する記憶を食べられてしまって……」
「えらくピンポイントで食われたんですね」
「もー、少しは乗ってくださいよ」
「推敲してもらいたいくせに邪魔するのはやめてくださいよ」
「正直、私が主役のお話を書いていただければ別にどうでも……」
「まさか最初からそれが狙いか!」
 恐るべき計画を耳にしてしまった。もうここにはいられない。財布と鍵とフラッシュメモリ持ち、俺は部屋からの脱出を試みる。
「でも私もけっこうこれで〜!」
 上着のすそをつかむ学芸員さん。こうなったら言うことはひとつである。巻末まで読む派ならわかる。
「はなせっ、菅野さんに会いにゆくのだ」

 お粗末さまでした。





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………はい!というわけで、「クラブ・メランコリー」のハルジオンさんが書いてくださいましたからサー小説でした。皆様いかがでしたでしょうか?

おそらく沢山の方々が想像すると思うんですよね、からサーの最終回にて迎えた平和な世界。
そこにもし、今まで散っていったキャラクター達が生き残っていたら…?

もちろん藤田作品において「キャラクターの死」とは物凄く意味のあるもので、そのキャラの最大の魅力にもなりえるものです。だからあのキャラはあそこで死んで良かったのだ、と納得できる。

でも……やっぱりねぇ、好きなキャラには生き残って欲しかったなァ、と思うの事もあると思うんですよ!ですから、今回のハルジオンさんによるIFの世界は、そんな願いを叶えてくた有難い作品だと思います。正直、阿紫花&ヴィルマ夫妻の話があった時は「おほ!」と思ってしまったもの。

この作品を読んで何かしら救われた方、もしくは「私的にはこんな話の方が…」と思われた方は、是非ともハルジオンさんにメッセージをお送りください。長い間かけて作ってくださった作品ですので、感想いただくとハルジオンさんも嬉しいはずです。